6月9日、正確には8日の夜。
日付が変わる直前に和希は寮に帰りついた。
寮長の篠宮をはじめ他の人間に見つからぬように自室へと足早に向かう。
今日は忙しかった。
午前中、休み時間を見計らって携帯に連絡や問い合わせが引っ切り無しに入ってくる。
午後は秘書の石塚に呼び出されて今までずっと理事長室に詰めていた。
出張が入らなかっただけでも良しとしなければいけないだろう。
勿論、仕事は好きで自分がこの手でやらねばならないことだ。毎日が充実していると感じる。
だが。
はぁと無意識にため息をついてしまう。
(啓太、もう寝ちゃったかな?)
午前中、側にいた啓太が心配そうにこちらを気にしていたことに和希も気づいていた。
大丈夫だからと安心させてやりたいのにどうもタイミングが合わない。
自分の手が空いたときには啓太のほうが誰かに呼び出されたりするからだ。
結局、今日はあまり話も出来なかった。
(着替えたら…部屋に行ってみるか)
無性に会いたかった。
話が出来れば一番いいのだけれど、安らかな寝顔が見られるならそれだけでも構わないと。
「………」
もしかしたら今、余裕がないのかもしれない。
ふとそう思い、一度立ち止まる。
(まったく俺は……)
肩を落とし、苦笑した後にふうと嘆息した。
そして、再び歩き出す。
自分は大人なのに、どうしようもない。
和希の心の中を占める啓太の割合が日に日に増していく。
再会を果たして以降、更に歯止めが利かなくなりそうだった。
啓太の笑顔が好きだ。
あたたかくて優しい陽だまりのような笑顔が。
だがそれは他の人間にとっても同じで。
啓太の周りには自然と人が集まる。
友人達に囲まれて屈託なく笑うのを見て嬉しいと思う反面、いやそれ以上に渦巻く感情が、確かに、この胸の内にはある。
暗くどす黒い感情。
嫉妬。
啓太が自分以外の人間と話をしているのを見るだけでそれはじわじわと広がっていく。
こんな風に余裕がないときはよりいっそう。
だからこそ、今。
(啓太に――会いたい)
部屋の前に立ちポケットから鍵を取り出した。
自室のドアを開けようと鍵を差し込む。
「……?」
和希は首を傾げた。
鍵が、開いている。
「……」
勿論、かけ忘れた覚えはない。
一瞬淡い期待を抱くが、まさかと思ってすぐにその可能性を打ち消そうとした。
すると。
「!」
カチャと控えめな音とともにドアが内側から開く。
何よりも見たかった笑顔がそこにはあった。
「おかえり、和希」
少しはにかみながら啓太が出迎える。
「お疲れ様……!」
「啓太……」
驚いた。
予想外の展開に戸惑い立ち尽くしていると啓太のほうから中に入るように促される。
「和希、何ボーっとしてるんだよ。誰かに見られちゃうだろ?」
「あ、あぁ」
「ほら、早くっ」
腕を軽く引っ張られて和希も部屋の中に入った。
前を行く啓太が振り返る。
和希は自分の正直な気持ちを伝えた。
「こんな時間に…まさか俺の部屋で帰りを待っててくれるなんて思わなかったから……ちょっと、いや……かなりびっくりした」
「そんなに?」
「あぁ、でもどうしたんだ? 何かあったのか?」
「えっ? 和希…もしかして」
「?」
いまいち要領を得なくて首を傾げると、啓太が時計を確認して嘆息する。
「もうすぐ日付変わるけど…そろそろ9日だよ?」
「え?」
「……本当に忘れてるのか?」
「あ! あぁ……そうか」
そこでやっと啓太がこんな時間、目の前にいる理由に納得する。
6月9日――和希の誕生日。
昨日までは覚えていたのに慌しく仕事に追われすっかり忘れていたようだ。
「まったく…普通忘れないだろ。俺の誕生日はしっかり覚えてるくせに自分の誕生日忘れてどうするんだよ」
呆れ顔の啓太に和希は笑った。
「……啓太の誕生日は俺にとって特別だよ。大好きな人の生まれた日なんだから、さ」
そう、比較するまでもない。今まで自分の誕生日に執着などなかったから尚更だ。
物心ついたときから、自分の誕生日にはあまりいい思い出はなかった。
だがそのことについてここでは口に出さない。
啓太の顔を曇らせたくないから。
「和希……」
和希の言葉に頬を染めつつも、啓太は顔をあげて言った。
「俺にとっても和希の誕生日は特別だよ? 俺も和希のことが好き、だから。だからっ……和希がしてくれたみたいに俺も一番最初におめでとうって言いたかったんだ」
「啓太……」
どちらともなく歩み寄る。
その時。
「あ」
机の上に置かれた啓太の携帯がハッピーバースデイのメロディを奏でた。
「日付…変わった」
「……あぁ」
優しい空気に包まれながら、二人は改めて見つめあう。
「お誕生日おめでとう、和希っ」
「啓太…」
手を伸ばし引き寄せる。目を閉じた啓太に和希はそっと唇を重ねた。
「ありがとう」
離れる間際に小さく、でもはっきり聞こえる声で礼を言うと、啓太が嬉しそうに微笑んだ。
そのまま啓太はくるりと身体を反転させパタパタと慌しく動き出す。
「でも、よかった。和希が帰ってきてくれて…」
そう言いながら啓太がグラスや皿を用意し始める。
「これが無駄にならずに済んでよかったよ」
備え付けの冷蔵庫から何やら取り出し和希には見えないように啓太は自分の身体の後ろへ隠した。
「……?」
「えっとっ……――じゃんっ」
照れながらも、わざと勿体つけて取り出したモノ。
それは。
「ケーキ…?」
「……うん」
両手で大事そうに持つ皿の上には真っ白い生クリームに鮮やかな赤い苺を乗せたショートケーキ。
「もしかしてそれ……」
こちらに見せながらも恥ずかしそうに視線を彷徨わせる啓太のその態度に、とても幸せな予感がした。
「……啓太の、手作り?」
ゆっくりと確かめるように問うと、啓太がこくんと小さく頷いた。
「へぇ! よく出来てるじゃないか」
「朋子に電話で作り方聞いたり……図書館で本を読んで何度か練習したんだ」
「そうか…」
近づいてじっくりとそれを見つめる。熟れた苺と同じくらい真っ赤になっている啓太ごと。
和希の視線を感じて落ち着かないのか、啓太が慌てて口を開いた。
少し申し訳なさそうに。
「本当は…これ、ホールのケーキだったんだ……」
「うん」
しかし皿の上には一人分のケーキ。
「…けど」
「けど?」
「手伝ってもらった人全員に配ったらこうなっちゃって…」
「……誰?」
「まず篠宮さんだろ?」
「うん。それは何となくわかる。……他には?」
「えっと……」
和希の表情を窺いながら啓太はおずおずと続けた。
「成瀬さんが……お菓子作りは得意だからって」
それもある意味、予想通りの答えだった。
「……あぁ、前にもそう話してたな」
「うん。それから…途中で俊介と七条さんが乱入してきて…」
「へぇ……」
「俊介ってお菓子作りはともかく味には結構うるさいんだよな。こだわりがあるみたいでさ。それから七条さんも甘いもの好きだろ? 舌も肥えてるって言うか……」
「確かに」
「あと…岩井さんも」
「岩井さん?」
「準備や片付け手伝ってくれたんだ」
「そっか…いい人、だもんな」
複雑な気持ちを隠しながら和希が笑顔を向ける。
啓太も嬉しそうに「うん」と笑った。
「俺、いっぱい失敗して大変だった。ここまで上手く出来たのはホントみんなのおかげだよ」
照れながら笑う啓太を横目で見て、その様子を思い浮かべる。想像は容易にできた。
仕方がないとは言え、その時側にいられなかったのが悔しい。
薄れてきていた暗い感情が再び灯る。
啓太は気づかない。
「和希、食べてくれる?」
皿を差し出し上目遣いで尋ねる啓太に「勿論」と笑いかけた。
机の上にケーキを置き、一本のロウソクを取り出す。
「このケーキ小さいから一本でいいよな」
「そうだな。……刺すのも食べるのも勿体無いけど」
「ところで和希ー…」
「ん?」
「今日でいくつになったんだ?」
「秘密☆」
「~~っ! いい加減に教えろよ!」
「さ、火つけような。はい、ライター」
「またそーやってごまかす…」
呆れた目で見つめ、頬を膨らませながら啓太は渋々ライターを和希から受け取った。
ロウソクに火が灯る。
「あ、電気消さなきゃ」
ハッと思い出して立ち上がる啓太。
「啓太…そこまでしなくていいぞ? これでも充分だし…」
「いいから和希は大人しく座ってろ」
パチンとスイッチ音がして、部屋の明かりが消える。
暗闇の中で、ゆらゆらとロウソクの火が揺れていた。
ほのかな灯り、静かに燃える炎。
「綺麗だな」
自然と口をついて言葉が出る。
とても素直な気持ちが。
「…そうだろ?」
向かいに座った啓太も穏やかに笑った。
「これも綺麗だけど、来年はホールのケーキにちゃんと歳の数だけロウソク刺そうなっ」
「さーて、ものすごーく勿体無いけど火を消して早いとこケーキ食べるかー…」
「和希っ!」
「冗談だよ。……啓太」
「…何だよ?」
むくれる啓太を見て和希が微笑む。
「来年…いや、これから先もずっと…俺はこんな風に啓太に祝ってもらいたいな」
「和希…」
啓太が驚いたように目を開いた。
「いいか?」
「そっ、そんなのいいに決まってるだろっ。いちいち聞くなよ……ばか」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに啓太は頬を染めた。
その様子が嬉しくて和希も微笑む。
「火、消すぞ」
「うん」
ふっと息を吹きかけると、揺れる炎が消えた。
ケーキは啓太と同じくらい甘かった。
「…美味しい」
「だろっ?」
向かいで満足そうに微笑みながら啓太が見つめている。
でもすぐに心配そうに尋ねた。
「…甘すぎない?」
「いや、ちょうどいいよ」
「よかった…」
安堵する啓太を見てから、和希は苺にフォークを突き刺した。
「啓太、苺食べるか?」
「えっ、いっ、いいよっ」
啓太は慌てて手と首を振る。その様子が可愛い。
「遠慮するなよ、ほら」
「でもっ……あっ、ん…」
少し強引に啓太の口に苺を突っ込む。
「おいしいだろ?」
「おいしい……って和希、お前なー…」
もぐもぐと啓太が口を動かした。
唇に白い生クリームがついている。
それを見た和希の口端が上がった。
「啓太、クリームついてるぞ」
「えっ、どこ?」
「……ここ」
和希はゆっくりと近づき、啓太の頬に右手を添える。
ぺろりと、和希の舌が啓太の唇からクリームを舐めとった。
「和…っ!?」
バッと啓太が後ずさり口元を両手で覆う。
パクパクと口を動かしたまま赤くなる啓太に、和希は悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「ごちそうさま」
「~~っ!」
もっとすごいことならいくらでもしているというのに、啓太はこんな些細なことでも過剰に反応する。
可愛くてたまらない。
だから。
「啓太、ケーキも食べたし…俺、そろそろ”プレゼント”が欲しいな」
「……っ。そ……そーゆーことを自分から言うなって」
「いいだろ?」
プレゼントという単語で、啓太は今まで以上に赤くなり俯いた。
和希が手を伸ばしかけた瞬間。
「あっ、そうだった!」
「……何?」
突然、何かを思い出したように啓太が立ち上がる。
机の上に置いていた封筒を差し出した。
「昨日、届いたんだけど…」
啓太の視線に促され、封筒の中のものを取り出す。
「…温泉旅行?」
「うん。母さん達に送ろうかと思ったんだけど…最近和希忙しそうだったからたまにはゆっくり休んで欲しくて」
「啓太…」
「まだ期限あるからさ、お休み取れたら…一緒に行こう、な?」
「あぁ、そうだな」
「それからもう一つ…」
ごそごそとパジャマのポケットを探り出した。
何かを握り締めているのか、それを和希に差し出す。
「?」
「これ中嶋さんから、和希にって」
「中嶋さん?」
あまりにこの場にそぐわない名前に、和希は一瞬顔をしかめる。
啓太の手のひらには2~3錠の紫色のタブレットが入った小さなガラス瓶。
「……これは」
ものすごく嫌な予感がした。
啓太からそれを受け取るとコルク栓を抜きタブレットを観察する。
その厳しい顔つきに啓太が怪訝な顔をして付け加えた。
「サプリメントじゃなくて栄養剤だったかな? 中嶋さんが言ってたんだけど…」
「栄養剤……ねぇ」
嘆息した。
栄養剤なんてとんでもない。
渡したのが中嶋という点で和希は確信した。
おそらく媚薬――催淫剤の一種だろう。
「中嶋さんもたまに使ってるんだって。和希の誕生日のこと話したら分けてくれた」
「……啓太も飲んでみろって言われなかったか? 俺といるときに」
「え、何でわかったんだ? そうなんだよ…和希よりむしろ俺が飲んだ方がいいかもなって笑われたんだけど…俺、別に栄養剤使わなくても元気だし…意味わからなくてさ」
「……わからなくていいよ」
こんな危険な物体を簡単に啓太に渡すのはやめて欲しい。
というかその場で使われていたらと思うとぞっとする。
「今度中嶋さんに会ったらよく言っておかないと。学生のうちからこんなモノを使うなって」
「あはは、そうだよなー」
何も知らない啓太は和希の言葉に頷き、明るく笑った。
「でも、みんな和希によろしくって言ってたぞ?」
「みんなって…」
「王様や中嶋さん、それから西園寺さん、七条さん、手伝ってくれた人みんな…はっきりとは言わなかったけどさ」
そのときの事を思い出しているのだろう。
啓太の目が優しく細められた。
(あぁ、まただ)
暗い感情がじわじわと広がり苦しくなる。
「あ、あと海野先生もおめでとうって伝えてくれって」
啓太は和希の葛藤に気づかず、そのまま笑顔で続けていた。
「成瀬さんも……普段和希とあんなに言い合いしてるのにちゃんとケーキ作りのコツ、教えてくれたんだよ」
もう我慢できなかった。
だから本能に、どす黒い欲望に従って動く。
啓太の口を手のひらで覆い言葉を封じた。
「黙って」
低い声で、耳元に囁く。
「……!」
突然口を塞がれた啓太は驚き、その目を見開いた。
くぐもった声で「和希」と名前を呼ばれたのがわかる。
手に入れた力を抜き、和希は懇願した。
「頼むから……」
縋るように啓太を見つめて。
「俺以外の人を見ないで」
「!」
「俺への誕生日プレゼントは、啓太、だろう? だから、せめて今日だけでいいから……その目に誰も映さないでくれ」
啓太の大きくて澄んだ瞳には苦しげな和希がいた。
「かず、き…?」
「啓太の頭の中、心も身体も…全部を…俺でいっぱいにしたい」
あさましい願い。
でも、それでも叶えて欲しくて。
「啓太が――欲しい」
「!?」
どれだけの時間、見つめあっていただろう。
啓太は金縛りにあったように動かなかった。
手を、指を伸ばす。
「啓太……」
「あっ」
名前を呼んでその身体を引き寄せると啓太の身体がびくんと震えるのがわかった。
おそらく自分の目も、声も、纏う空気さえも、全てが情欲に満ちているだろう。
言葉より雄弁に語っているに違いない。
啓太が欲しい、と。
]
「啓太」
頬に軽く口付けて、そのまま唇を滑らし耳を甘噛みした。
「ん…っ」
漏れる声や潤んだ瞳、その表情で啓太が感じているのがはっきりわかる。
乱れる様がもっと見たい。
泣きながら自分だけを求めて欲しい。
角度を変えて耳を弄った。
「ぁ…んっ」
胸や背中、腰を服の上から手のひらでゆっくり撫でる。
和希の腕を掴む手にぎゅっと力が入った。
「啓太……好きだよ」
耳元で吐息混じりに囁く。
ちらりと見ると、啓太自身が反応しているのがわかった。
まだ早いかもしれないと思いつつも悪戯心に負けて、押さえる様にそれに触れてみる。
「あぁ…っ!」
途端に、はねるように啓太が背を仰け反らせた。
素直すぎる反応に思わず口元がほころぶ。
まだ触れた啓太自身から手を離さない。指や手のひらで何度もそれをなぞる。
「やぁ…っ」
びくびくと脈打ち、快感を伝えてくる。
布越しから繰り返される弱い刺激、だが確実にじわりと熱が高まっていくのはわかった。
「ちょ…っ、和希っ、ダメ…っ!」
腕の中で啓太が我に返りジタバタともがく。
「ダメ? どうして? すぐに気持ちよくしてあげるよ」
そして――今すぐ俺で満たすから。
啓太を抱きこみながら少し低い声音でそう囁くと、潤んだ眼差しで啓太がこちらを見つめてふるふると首を振った。
「啓太?」
「それじゃ…いつもと…一緒…だろ?」
和希が与える快感に必死に耐えながら啓太が言葉を紡ぐ。
「いつも…俺ばっかり…和希に…して、もらってるから…っ。だから…今日は…っ」
恥ずかしそうに一度俯く啓太。
「きょ、今日、は……」
何を言いたいのかはもうわかっているのだが、それでも最後まで聞きたくて和希は甘く囁く。
「今日は?」
頬を染めた啓太が躊躇ったのは一瞬。
濡れた唇から吐息とともにこぼれる言葉。
「和希の…誕生日だから…俺が…和希に…いっぱい…して、あげようって、思ってたんだ。だから…俺は…いいから……」
そう言って自身に触れたままの和希の手を両手でそっと退けた。
「俺も…和希が、大好きだよ。……不安にさせてごめんな」
にっこりと笑顔で告げる啓太。
両手で大事そうに握り締めた和希の手を捧げ持ち、その手の甲にちゅっと口付ける。
「啓太……」
何もかもがいとおしくて。
今すぐ押し倒したい衝動を何とか理性で繋ぎ止めてる。
それなのに。
「和希…」
「ん?」
上目遣いで頬を染めたまま尋ねてくる。
「服……脱がしていい?」
啓太の指は既に和希のシャツを掴んでいた。
「……いいよ」
眩暈がしそうだった。
なけなしの理性にどんどん追い討ちをかける啓太の言葉と仕草。
シャツのボタンを、震える指がたどたどしく外していく。
啓太は一生懸命だ。
それだけで嬉しくてたまらない。
だから、つい邪魔したくなる。
「啓太、キスしたい」
「だ、だめっ」
抱き寄せようと手を伸ばすが、シャツを掴んだままの啓太は和希を押し留める。
「じっとしてろよ!」
「えー」
「だって今、和希とキスしたら絶対流される! 俺、ちゃんと和希にしてあげたいから…だから後で…」
「後まで俺がもたない。今すぐ啓太とキスしたい」
「だからっ、わ、わがまま言うなってば!」
「俺の誕生日なんだからいいだろ?」
「う……それは、そうだけど…さ」
「じゃあ啓太はそのまま俺の服脱がしてくれればいいよ。俺も啓太の服脱がしながらキスするからさ。これなら条件は同じだろ?」
ニッと笑って啓太のパジャマに手を伸ばす。
右手でシャツを掴み、左手で腰を抱く。そのままぐいと勢いよく引き寄せた。
咄嗟のことに反応できず、啓太の身体が傾ぐ。
「え、ちょっと待…っ!」
制止の声は和希の強引な唇に封じられた。
「んん…っ」
重なる唇。
薄く開いた口から舌を入れ、絡ませ口腔内を思うままに蹂躙していく。
「はぁ…んっ」
何度も吸い上げ貪ると啓太の指の動きがぴたりと止まった。
堪えきれずにシャツをぎゅっと掴む。
和希はその様子に満足そうに笑みを浮かべた。
でもキスは止めない。
啓太の口から唾液が伝い落ちていく。
「ん…っ」
拭う間さえ与えない、そんな激しいキスを仕掛けながらも和希の指は器用に動き、全てのボタンを外していった。
「……ぁ」
とろんとした瞳。
啓太の肌が薄紅色に色づいているのが見える。
その表情も空気も艶やかで、全身から漂う色気にぞくぞくした。
「啓太…」
キスの余韻から、まだぼうっとしたままの啓太を和希はそっと抱き寄せた。
パジャマを肩から滑らせて脱がす。
胸から腹にかけて手のひらを這わした。
触れた肌は滑らかで手のひらに吸い付いてくる。
もうすっかりくせになっているその甘美な感触。
「あ…っ」
指先が、ピンと尖った突起をかすめると啓太がかすかに声をあげてびくんと震えた。
「気持ちいい?」
「……ん」
こくんと小さく頷き、啓太がもたれかかってくる。
その両腕が和希の背中に回った。
「……ずるい」
「ん?」
「今日は和希の誕生日だし……和希が俺のこと欲しいって言ったから……もっと和希に色んなことしてあげたくて…喜んでほしいのに……結局いつも和希に負けちゃうんだ」
啓太の言葉に和希はくすりと笑った。
「もう充分喜んでるんだけどな……さっきの啓太の言葉、すごく嬉しかったよ。啓太があんまり可愛いから…俺、もう待てないんだ」
「……っ。別に可愛くなんか…」
「可愛いよ」
そう言って、和希は啓太の髪に口付ける。
「なぁ啓太、”プレゼント”……もらってもいい?」
「……うん」
和希の問いに、啓太は小さく頷いた。
「今日は…俺のこと好きにしていいよ。俺に気を遣わないで……メチャクチャにしていいから」
「啓太、お前……俺をこれ以上煽るなって」
「……え?」
「本当に…どうなっても知らないからな」
和希の瞳の奥に、静かに、けれど激しく揺らめく情欲の炎が見えた。
「うん……いいよ」
この火になら焼かれても構わない。
「俺を全部――和希にあげるから」
「……ありがとう」
こうして和希は今までで一番幸せな誕生日を迎えたのだった。
余談。
6月9日――伊藤啓太ならびに遠藤和希、皆の予想を裏切らずそろって無断欠席。