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Happy birthday! ―Keita's Birthday―

1.
 明日からゴールデンウィークが始まる。
 数日前からクラスメート達は出されている課題の量に辟易しつつも、連休をどう過ごすか、その話題で盛り上がっていた。
 気分が昂揚するのはよくわかる。
 だが話には加わるものの啓太は連休の過ごし方を正直まだ決めかねていた。
 連休の最終日、五月五日は啓太の誕生日だ。
 この学園に転入するまでは祝日だったため大抵は普通に家族と過ごしてきた。
 でも今は……。
(どうしよう…)
 三時間目の休み時間、空いている和希の席を見て嘆息する。
 彼は今、この学園の理事長として仕事に励んでいるのだ。
(和希……ゴールデンウィークも仕事かな?)
 聞けばいいことだとわかっている。
 でもなかなか出来ずにいた。
(やっぱり一緒に過ごしたいな)
 家族や友達に祝ってもらうのも嬉しい。
 だけど今、誰よりも祝って欲しいのは他でもない和希にだった。
 別に”祝う”という概念でなく…その日はただ一緒にいて欲しくて。
 けれど、それを口にするのはやはり躊躇われる。
 大体仕事が休みになりそうなときは事前に言ってくれることが多いから。
 それがまだないということは仕事の可能性のほうが高いだろう。
(和希のことだから…俺がお願いしたら…絶対無理しちゃいそうだよなー…)
 今までのいろんなことを思い出して、啓太は苦笑した。
 やはりこれ以上無理はさせられない。
 学生として自分の側に今もまだいてくれる、それだけでも十分すぎるくらい大切にされてるのがわかるから。
 一日中なんて望まない。
 ただ…。
(ほんの少しだけ、一時間くらいなら…平気かな?)
 さすがに全てを我慢することは子供な自分にはまだ出来ないから。
 短い時間でいい。
 当日和希に会ったら、いつもよりたくさんキスをねだってみよう。
 あの甘い声で、優しい眼差しの和希に「おめでとう」って囁かれたら…。
(わっ、お、俺のバカっ!)
 余計なことまで想像するところだった。…しかけたけど。
 恥ずかしくて身体中が熱くなる。
 ふるふるっと頭を振って、それから机に突っ伏した。
(なに考えてるんだよ…俺ってばもう)
 休み時間のクラスメート達のざわめきに現実感が戻る。
 そのとき、四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 キーンコ-ンカーンコーンキーンコーンカー…。

 慌てて自分の席につく彼らをぼんやり眺めながら、啓太の頭は振り出しに戻る。
(で…結局どうしよう?)
 ゴールデンウィークは目前だ。


2.
 昼休み。
 結局和希が帰ってこなかったので適当に昼食を取り、気分転換でもしようと啓太は中庭を歩いていた。
(大人しく家に帰ろうかな……それともやっぱりこのまま寮に残ろうか)
 課題だって結構出ているし、何よりこちらにいたほうが和希に会える機会は多いような気がした。
 …万が一、海外出張とかあれば別だが。
「!」
 半ば残ろうと決めたその時、ポケットに入れていた携帯が震えた。
 ――余談だがこの携帯はかれこれ三台目である。
「わっ」
 授業中はマナーモードにしていたのだと思い出し、啓太はそれを慌てて取り出す。
 ディスプレイに表示されている番号を見て驚いた。
(え、家から?)
 それは昔から馴染み深い番号で。
 なんだろうと思いつつ、すぐに通話ボタンを押した。
「はい、もしもし?」
『啓太?』
 久しぶりに聞く母の声だった。


「…うん、わかってる。帰る日決まったらちゃんと電話するから。じゃあ…」
 ピッ、とボタンを押して通話を終える。
(これは…一度戻らないとダメかも……)
 携帯を見つめたまま、ふぅとため息をつく。
 明日からの連休についての会話。
 開口一番にいつ帰ってくるのか聞かれた。
 言葉を濁すと、五日の啓太の誕生日の事を指摘され、挙句…妹の朋子が最近、家庭科の授業で覚えたケーキ作りに凝っていてどうやら啓太のために作ろうとしているらしいという裏話まで聞かされてしまった…。
 そして母からも、啓太用に新しい服を何着か買ってしまったから帰省ついでに持っていけばどうかと打診されてしまい…。
(和希の予定を確認して…やっぱり仕事だったら…いっそ明日帰っちゃおうかな)
 寮生活を始めて数ヶ月、BL学園での毎日は楽しくて家族の元を離れて寂しいとはあまり感じなかった。
 何かあれば電話すればいいわけだしと不義理になっていたのも事実だ。
(友達からも連絡あったって言ってたしなー…)
 中学のときまでの同級生、以前の高校のクラスメートたちも時々便りをくれる。
 転入するとき、BL学園が合わなかったらいつでも帰って来いよと言ってくれた友人達。
 時には懸賞を確実に当てるためだと言われ、代理で応募もさせられたりしたなと思い出しては苦笑してしまうが、この学園に来る以前もそれなりに楽しかった。
 懐かしい、そして随分昔のような気がする。
 自分はやはりこの学園が一番好きで、ここに自分の居場所があると思うのだけれど…今までのつながりだって大切なモノだから。
(……うん、やっぱり帰ろう)
 その時。
「ここにいたんだね、ハニー!」
「え、わっ、成瀬さん!?」
 突然背後から抱き付かれ啓太は慌てる。
 携帯電話を握り締めている啓太に気づき、成瀬は慌てて離れた。
「あ、ごめんねハニー! もしかして電話中だったのかな?」
「いえ、ちょうど切ったばかりだったんで平気…です」
 抱きつかれることは平気ではないのだが、成瀬に謝罪されて反射的に首を横に振る。
「そう、よかった~」
「ところで成瀬さん…俺を探してたんですか?」
「うん。勿論、用はなくても啓太とはいつも一緒にいたいんだけどね」
「あ、ありがとう…ございます」
 相変わらずの成瀬に苦笑した。
 そして、内心和希がこの場にいなくて良かったと思う。
 二人のやり取りは日常茶飯事とはいえ、どうしていいかわからなくなるから困る。
 成瀬はにっこりと笑顔を浮かべた。
「五月五日は確か啓太の誕生日だよね?」
「はい…そう、ですけど…」
 どうしてそれをと問うより前に、成瀬が口を開く。
「大好きな啓太の生まれた日を僕が忘れるはずないだろう?」
「成瀬さん……」
 転入してすぐに聞かれたことはあったが、それ以来自分の誕生日の話をしたことはあまりなかった。
 それなのに覚えていてくれたことが嬉しかった。
「ありがとうございます」
「それでね、啓太…連休は何か予定入ってるかな?」
「え…っ」
「どう?」
「えっと…ちょうど今、母と電話で話していて…家に帰ろうかと」
 それを聞いた成瀬は少し残念そうに顔を曇らせた。
「そっか…啓太のお家は埼玉だったね」
「はい。妹がケーキ作ってくれるらしくて…」
「啓太も妹がいるんだね。僕にも一人いるから気持ちはよくわかるよ」
 それから少し何かを考えたようだったが、成瀬は明るく笑顔で言った。
「せっかくの機会だからゆっくりご家族と過ごしておいで。僕も啓太のこと祝いたかったんだけど…今回は諦めるよ」
「…すみません、成瀬さん」
「あぁでも五日の夜には戻ってるかな?」
「そうですね、次の日から授業ありますし…」
「じゃあ当日までおめでとうは言わないでおくよ。プレゼントを用意して待ってるからね」
「成瀬さん……」
 純粋に成瀬の言葉が嬉しかった。
「ありがとうございます」
 礼を言う啓太に成瀬が微笑む。
「うん、じゃあまたね、ハニー! 楽しい休日を!」
 手を振りながらテニスコートの方へと駆けて行く成瀬を見送って、啓太も教室へと歩き出した。
 いくつになっても、誰かに祝われるのはやっぱり嬉しい。
 気持ちが弾んで足取りも軽くなる。
 その時。
 手にしていた携帯が再び震えた。
「わ、また?」
 立ち止まり表示された番号を見て、慌てて通話ボタンを押す。
「はい、もしもしっ」
『――啓太?』
「…うん」
 和希の声。
『出るの早かったな…もしかして俺からの電話待ってた?』
「……ばか」
 電話越しに響く落ち着いた、甘い声。
「…たまたま、偶然だよ」
 照れて素っ気なく返したのに、電話の向こうの和希はくすっと笑ったようだった。
『偶然か、残念だな』
 残念とか言いながらちっとも残念そうな口調ではない。
 どうせ和希のことだから啓太の気持ちなどお見通しなのだ。
「それよりっ、和希…午後の授業は?」
 啓太は強引に話題を換えた。
『…うーん…授業は無理だな。仕事、もう少しかかりそうなんだ』
「そっか…大変だな」
 やっぱり忙しいんだと無意識に声のトーンが下がる。
『……なぁ啓太』
「な、何?」
『放課後俺の所まで来てくれる?』
「え? 俺のって…理事長室?」
『そう』
「でも仕事…忙しいんだろ?」
『今日の分はあと少しで終わるから。そうだな…五時半くらいに来られそう?』
「うん、俺はいいけど…」
 邪魔になったりしないだろうかと心配になる。
 心配になるが…。
『じゃあ待ってるよ』
「……うん」
 会いたい気持ちのほうが強かった。


3.
 放課後。
 啓太は和希との約束どおりにサーバー棟に来ていた。
 しんと静まり返った廊下を歩く。
(…ホントに終わったのかな、仕事)
 やっぱり少し不安になった。
(和希のことだから…俺に気を遣ってくれたのかもしれないよな)
 連休の予定を確認して、明日から家に帰るつもりだということを伝えたら、仕事の邪魔をしないように早めに寮に帰ろうと思う。
 考えながら歩いていたらいつのまにか理事長室の前に着いていた。
 ノックをしようとして寸前で止める。
「……」
 部屋の中から複数の話し声が聞こえた。
(どうしよう…やっぱり仕事中なんじゃ…)
 もう少し暇を潰して出直そうかと回れ右をした瞬間。

 プルルルルルルル!

「……っ!?」
 静まり返った廊下に携帯の着信音が響いてぎょっとした。
 普通の音量なのにひときわ大きく聞こえてパニックになる。
「わっ!」
 上着のポケットから慌ててそれを取り出そうとするが、こういうときに限って引っかかったりして上手くいかない。
(だっ、誰っ!?)
 やっとの思いで取り出した携帯は沈黙し、代わりに理事長室のドアが開いた。
「あ……」
「やっぱりそこにいたんだな、啓太」
 優しく微笑んで啓太を迎えた和希の手にも携帯があった。
「え、今の…?」
「俺だよ。ちょうど時間だったし啓太のことだからもう来てるだろうと思って」
 中に入るように啓太を促すと、案の定だったなと言いながら和希は携帯をパタンと折りたたむ。
「まったく…遠慮しないで入ってくればいいのに」
「だってまだ仕事中だと思ったからさ」
 びっくりした心臓がやっと落ち着いてきた。
 携帯をポケットに戻しつつ、目が合った秘書の石塚に慌てて「こんにちは」と挨拶する。
「こんにちは、伊藤君。びっくりしたんじゃないですか?」
「……はい、ものすごく」
 正直に答えた啓太に石塚も笑う。
「私もびっくりしました。和希様が話の途中で携帯を取り出されたときはどうしたんだろうと思いましたが…いきなり廊下から音が聞こえたので」
「す、すみません」
 秘書との話の途中で一体何をしでかしてくれるんだと申し訳なく思う。
「啓太のことだから…ここまで来たのに気を遣って出直そうとするんじゃないかと思ってさ」
「~~っ」
 行動が読まれていて、何だか恥ずかしい。
 恨めしげに和希を見ると、図星だろうといわんばかりに不敵に笑われた。
 二人の様子を微笑ましく見ていた石塚が机の上に置いていた書類をファイルに詰める。
「和希様、明日のチェック作業は正午からでよろしいですね?」
「ん、あぁ」
「エンジニア達にもそのように伝えておきます」
「よろしく頼む」
 はいと頷いた石塚は恭しく頭を垂れた。
「では、お先に失礼します」
「ご苦労様」
 二人の会話を見ていた啓太は頭を上げた石塚と再度目が合う。
 恐縮してぺこりと頭を下げた啓太を安心させるように石塚が微笑んだ。

 ――パタン。

 静かに閉じられたドアを見つめる。
「……大変だな」
 和希に背を向けたまま啓太はぽつりと呟くように言った。
「ん、何が?」
「俺達は明日からお休みだけど、和希も石塚さんも仕事だろ? だから…」
「まぁ…休みの日のほうがセキュリティのチェック作業はしやすいからな」
「あ、そっか」
 生徒が学園にいない日でないと大掛かりな作業は出来ないのだろう。
「でも他にも会議とかいっぱいあるんだろ? もしかしてまた…海外に出張とかあるのか?」
「まぁ、な」
 言葉を濁しつつも否定はしない。
「……」
 予想通り、かなり忙しそうだ。
(無理なんて言えない)
 空いてる時間があればゆっくり休んでほしい。
 有効に使ってほしい。
 だから。
「和希…」
「ん?」
「俺、明日から…家に帰ろうと思うんだ」
 努めて明るく、普段と同じ口調で。
「朋子がケーキ作ってくれるらしくてさ。あ、あとちょうど夏物の服取りに行かなくちゃって…」
「……そうか」
「うん……」
 沈黙は苦しい。
 だから何か話さないとと思いついたことを口にする。
「ときどきはメールするから…。あ! でも和希は時間空いたらちゃんと休めよな?」
 いつもの自分でいられる。
 大丈夫。
 だって和希が一番大事だから。
「帰ってきたとき無茶しすぎてふらふらだったら俺、怒るからな?」
 困らせたくない。
「……啓太」
「!」
 耳元で声が聞こえて、ハッとする。
(え…っ)
 振り向く間もなく、後ろから抱きすくめられていた。
 自分のことで手一杯だったから、足音すら気づかなくて。
 こんなに近くに来ていたのに。
「ちょっ! 和…っ」
「無理、するなよ」
「……っ」
 甘くて蕩けそうな、和希の声。
「無理なんか…してない」
「うそつき」
 吐息が当たる。
「ねぇ、啓太…もっとわがまま言って?」
「……言わない」
 ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもる。
 痛いくらいに強く。
(そんなに優しい声出すなよ、和希の…バカ)
 密着する身体から熱が伝わる。
 心臓の音がうるさいくらいに頭に響いて。
(俺がせっかく…頑張ってるのに)
 ぼやけ始めた視界に負けぬよう、啓太は唇をかんだ。
「啓太…」

 和希と、一緒にいたい。
 和希を、困らせたくない。

 二つの思いが激しくせめぎあってる。
 でも抱きしめる腕は温かくて、囁く声があんまりにも優しいから。
 じわりと目頭が熱くなる。
(和希の…バカ)
 我慢したいのに。
 負けてしまう。
 どうしていいのかわからなくなる。
「……っ」
「…ごめん」
 ぎゅっと、抱きしめていた腕の力が緩んだ。
「……?」
 後ろにいた和希が目の前に立つ。
 そっと左の頬にひんやりとした手のひらが触れ、もう片方の手が腰に回される。
 深くて優しい眼差し。
 その瞳に吸い込まれるように啓太はただされるがまま呆然と立ち尽くした。
「……困らせてごめんな」
 顔に当たる吐息。
 熱くなっていた目頭に羽が触れるように軽く口付けられた。
 そのまま唇は頬をゆっくり滑り、まだかんだままの啓太の唇をぺろりと舐める。
「!」
 驚いてわずかに開いた口内に、するりともぐりこむ和希の熱い舌。
 絡めとられ、きつく吸われ、更に奥へ入り込む。
「は…っ、んんっ」
 反射的に退きかけた腰が強い力でぐっと引き寄せられた。
「……ぁ、は! かず…っ」
 息を継ぐ間も与えてくれない。
 どこまでも貪られていく。
 頭の芯がしびれて、もう何も考えられなくなっていた。
 ただ、和希が欲しくて。
 それだけだった。


「ちょっとだけいじめてみたかったんだ」
 ポツリと呟いた和希に、啓太は顔をあげた。
 理事長室の少し大きめなソファ。
 長めで激しいキスの後、立っていられなくなった啓太を和希は自分の膝の上に乗せた。
 ときどきこんな風に膝の上には乗せられるけど、やっぱりまだ慣れなくてドキドキする。
 何だかとても恥ずかしくて、しばらくの間は和希の肩に頭を押し付けていたのだが。
「……和希?」
 顔をあげ首を傾げる啓太に和希は優しく微笑む。
「啓太は、俺にお祝いさせてくれないの?」
「……ぁ」
 大きく見開かれる啓太の瞳。
「五月五日は啓太の誕生日、だろ?」
「……だって」
 覚えてくれていたんだという嬉しさと、でも連休は仕事があるんだから我慢しなきゃという気持ちにちりりと胸が痛む。
「うん…啓太が俺のこと気遣ってくれたのはよくわかったんだ」
 そっと頬を撫でる手。
 ひんやりと冷たくて心地いい。
「でも俺は啓太に言ってほしかった」
「…そんなの……言えないよ」
「どうせ仕事だから仕方ないって諦めて、勝手に一人で何でも決めちゃうんだな、啓太は」
「……っ」
 責めるような響きに、今まで必死に抑えてきた気持ちが溢れた。
「だって和希は仕事なんだから仕方ないだろ! 連休だから遊びたい、誕生日だから一緒にいてって…そんな…そんなこと言ったら和希困るし、でも叶えようとして絶対無理しちゃうんだ。それがわかるから俺、我慢しようって…思った…の、に…っ。なんでそんな意地悪ばっかり…!」
 再びじわりと熱くなる目頭。
 ごしごしと手の甲で目元を擦る。
 それでも気持ちと一緒に溢れた涙が止められなくて、何度も何度も擦った。
「ダメだよ、そんなに強く擦ったら目が傷ついちゃうだろ?」
 強い力で両手を掴まれ、代わりに唇で拭われる。
「離せよ、バカ…っ」
 けれど和希の手はびくともしない。
「まったく…無理してるのは啓太のほうだろ? さっきだって肩震わせながら、無理やり明るく話そうとするしさ」
「……っ!」
 自分では平気なフリが出来ていると思っていたのだが、失敗していたらしい。
 きっと和希は啓太の気持ちなんかなんだってお見通しで、もうどんな言い訳すらきかない。
(だって俺…本当は、和希と一緒にいたかったんだから…)
 啓太の身体から抗う力が抜けた。
 両腕が背中に回される。
 そのままぎゅっと抱きしめられた。
「お前が俺に何も相談しないで勝手に家に帰るって言うからカチンときたんだ。だからちょっとだけいじめてやろうと…つい、そのまま会話を続けたんだけど。やっぱりもう見ていられなくなって…」
 和希はいとおしそうに、啓太の髪にキスを落とす。
「なぁ啓太…啓太のために何かをすることは、俺にとっては少しも苦しくないんだよ。無理をしてるだなんて感じない。むしろ嬉しいと思う」
「和希…」
「でも口でこんな偉そうなこと言っても、啓太に気遣わせた時点で俺がまだまだ力不足なんだってことだよな…」
「そっ、そんなことない! 和希が力不足だなんてこと…っ」
 慌てて否定する啓太に、和希は笑った。
「啓太が心配しないで安心して甘えられるような男になりたいよ、俺は」
「……それじゃ、俺がカッコ悪いだろ。今だって充分甘えてるのに、いつまでも子供みたいに…さ」
「ん? 啓太は全然甘えてくれてないけど? あぁ、えっちのときは少しは甘えてくれてるか、な…って痛っ!」
「こんなときに恥ずかしいこと言うな!」
 啓太が真っ赤な顔のまま、両手の拳でどんっと和希の胸を叩く。
 でも抱いた腕は緩まなかった。
「可愛いな~啓太」
「…ばかっ」
 しばらく、くすくすと笑っていた和希だったがもう一度強く抱き寄せられた。
「和希…っ?」
「……四日の夜に迎えに行くから」
 耳元に響く声。
「四日の、夜……?」
「うん。それまでに頑張って仕事片付けてくるよ」
 抱く腕に力がこもる。
「ごめんな、ホントは俺もずっと啓太といたい。仕事なんかより啓太が大事だから、全部誰かに任せて放り出せたら楽なんだけどな」
「和希…」
「でもそんないい加減な奴…啓太は嫌だろ?」
「嫌、じゃないけど…困る、かも。だって理事長の仕事も研究所の所長の仕事も…やっぱり和希じゃなきゃ出来ないよ。周りの人も大変なことになるだろうし…」
「そうでもないと思うけどな」
「そうだって! それに俺…クラスメートで親友の遠藤和希も、幼馴染で優しいカズ兄も好きだけど…この学園の理事長として生徒や学園のことを考えて一生懸命頑張ってる鈴菱和希もやっぱり大好きだから」
「啓太…お前」
「だから俺、確かに淋しいけど…和希がいなくても頑張る。あっ、でも…ときどきでいいから電話くれる? 俺からメールしてもいい?」
「啓太…!」
「わっ!」
 突然、ソファに押し倒された。
「え、あ…の? 和希?」
 訳もわからずきょとんと見つめる啓太に和希は、はぁと嘆息する。
「…やっぱり連れてっちゃおうかなー…」
「へ?」
「あんな嬉しいこと言われたらもう頑張って早く片付けるしかないけど…でもな~」
「か、和希?」
「啓太、啓太は俺は平気だって思ってるかもしれないけど…俺の方が啓太と離れるの辛いんだからな。離れてる間はこんなことも出来ないし…」
「ひゃあっ!?」
 いきなり弱点の耳を甘噛みされ、声を抑えることも出来なかった。
「なっ、ちょっ!?」
「しばらくお預けなんだから今からいっぱいしような?」
「は!? い、今からって…え、ここで!?」
「今更、だろ?」
 ネクタイに指がかかる。
 シュルッと引き抜く音が聞こえた。
「それとも…」
 器用に外されていくシャツのボタン。
 耳を執拗に何度も攻められ、唇が少しずつ首筋を辿る。
「ん…っ、や、くすぐった…いっ」
「啓太はしたくない? 俺とするの…イヤ?」
「イヤ」
「……」
 笑みを浮かべる和希を恨めしげに睨む。
 答えがわかってる余裕の表情。
 しばらく睨んでいた啓太だが、やがてはぁぁと嘆息して肩をすくめた。
 まだまだ全然敵わない。
「……じゃない」
 啓太の答えに本当に嬉しそうに、和希が笑うから。
(まったくもう……)
 降参して自分からも和希の背中に両腕を回した。
「俺、和希が迎えに来るの楽しみに待ってるから」
「あぁ」
 そっと目を閉じると、唇が重なる。
 どこまでも甘く、優しい熱が、啓太の全てを溶かしていった。


 和希の腕の中で髪を撫でられていた啓太が「あ、そうだ」と声をあげ首を傾げる。
「どうした?」
「なぁ和希…どうして四日の夜なんだ? 俺の誕生日は五日なのに」
「だって日付が変わった瞬間、俺が一番最初に啓太におめでとうって言いたいから」
「和希…」
「あー…でも、やっぱり啓太のご家族に悪いかな? 啓太が家族と過ごしたいなら…」
 和希が言い終わる前に、啓太はふるふると首を横に振った。
「大丈夫。みんなと過ごすのも楽しいけど…やっぱり俺、和希と一緒にいたい」
「啓太…」
「…………あの、和希?」
「今度は何?」
「……どうして、俺の上に乗って?」
 いつの間にか変わっている体勢に嫌な予感がした。
 答えを聞くのも怖い。
「続きは寮に帰ってからって思ってたんだけど…啓太が可愛いこと言うから」
「つっ、続き!?」
 さっきあんなにしたくせに、まだやる気なのかとぎょっとする。
「ちょっと待て! 俺、もうダメだってば!」
「大丈夫、すぐにその気にさせてやるって」
 途端に怪しく、手が、指が動き出した。
「やっ、ぁ…んっ」
「気持ちいい?」
「ばか…っ、これ以上したら俺、明日…帰れなくなるだろ…っ!」
 必死に快感に耐えながら、息も絶え絶えに訴える。
 でも和希は止めてくれなかった。
「別に無理して明日帰らなくてもいいだろ? 俺も明日はこっちにいるし…。あぁそうだ、明後日俺が出発する時に家まで送ってやるよ。その方が俺も安心だし」
「何、勝手に…っ」
 人がせっかく決めたことを和希が呆気なく覆す。
 でもそれを本気で嫌だとは、どうしても思えなかった。
「これで心置きなく出来るよな?」
 和希の嬉しそうな顔を見て、明日は本当に帰れなそうだと啓太は思ったのだった。



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