6.
啓太と和希が寮を抜けだす少し前に時は遡る。
学生会室ではやや憔悴した丹羽と仕事が捗らずやや苛立ち始めた中嶋がいた。
「ったくよ~…何だってあんなに学園中が化け物だらけなんだよ…」
「ぐだぐた唸る暇があるなら黙って書類の一つにでも目を通せ」
「だってよ~たった一日だぜ? 一日で学園中にあんなもん設置するか? 普通!」
「そんなの訳無いだろう…MVP戦の時に比べれば今回の方が遥かに手間も暇もかからない」
「うっ……確かに」
学園MVP戦、啓太の為とはいえ今更だが、よくあんなもん開催出来たなと思ってしまう。
(ハムスター放流だったよな。これがもしもアレだったらどうなっていたことか…)
今回も学園中がすごいことになってるし。
(今後は絶対に啓太を巻き込むことだけはすまい)
丹羽は心に誓った。
勿論、理事長である和希に屈する気はないし、やや悔しいが仕方ない。
向かいの中嶋も仕事が捗らない苛立ちから、啓太にちょっかい出すのは程ほどにしようと思ったとか思わなかったとか。
授業中や休み時間は他の生徒の手前平静を装いつつ内心びくびくした丹羽の様子を堪能できて満足していた中嶋だったが、学生会の業務に関して前以上に支障を来すのは困るのだ。
しかもアシストである啓太(+和希)は当の理事長であり強力な保護者、和希により少なくともあと六日は学生会室には出入り出来なくなっている。
啓太だけならば丹羽の状態を知った時点で同情し見兼ねて手伝いにやってくるだろうが、今回はお目付け役として会計部にまで手を回されている。
西園寺と七条、あの二人が易々と啓太をこちらに寄越す訳がない。
つまり最低でも七日はこの丹羽の世話と学生会の仕事をしなければならなくなり中嶋への負担は大きくなるのだ。
三日程ならまぁ我慢できそうだがさすがに七日は面倒だ。丹羽の反応にも飽きるだろう。
それまでの間に会計部からうまく啓太をこちらに連れ込むのも面白いかもしれないなと、キーボードを叩きながらひそかに笑う。
多少障害がある方がスリルを味わえていい。
七条を出し抜ければきっともっと楽しいだろう。
「おいヒデ…」
「なんだ?」
「頼むからもうしばらくは物騒なことを考えんのやめてくれよな」
考えが顔に出ていたのだろうか、長年のつきあいが丹羽に何かを伝えたのだろうか。
「…テメェはいいかもしんねーが俺はまだ化け物と戦い続けないといけねーんだ。今朝はまた郁ちゃんにみっともねーとこ見られちまったしよぉ…」
西園寺に醜態を見せたことはまだ丹羽の中では心の傷になっているようだ。
初日でここまで弱りきっているのもすごい。
「…たかが猫ごときで情けない」
「うるせー……」
覇気がない。
今日一日でこれでは先が思いやられる。
「…生の猫をけしかけられないだけでもマシか…海野のペットも今日は普通だったし…まだ買収されてねぇってことだよな?」
丹羽は一人呟き、自身へと言い聞かせている。
「絵や彫刻は場所さえ覚えちまえば避けて通れるし…」
馬鹿馬鹿しいとは思うが本人は至って真剣だ。
中嶋は嘆息する。
「おい、中嶋…今朝届いた備品は…返品出来んのか?」
「……あぁ。理事長もそこまで鬼ではないらしいな」
丹羽がホッと息を吐く。
あからさまに安堵していた。
「よし…っ! 何とかなりそうだな!」
丹羽の頭の中では一通りのシュミレートは終わったらしい。
「じゃあさっさと仕事に取り掛かれ。今日からしばらく啓太も遠藤も来ないんだ。お前がそんなザマだとますますうちの業務が滞って会計部の奴らに文句を言われるんだからな」
「……へーへー」
横柄な態度は相変わらず健在だ。
渋々といった感で中嶋が放ったファイルに手を伸ばす。
下手に外に出られない丹羽が集中し珍しく仕事は捗り、二人は七時過ぎまでかけて黙々とこなしたのだった。
学園から寮への帰り道。
「お前もやれば出来るじゃないか。いつもこうだと助かるんだがな、丹羽?」
この数日溜め込んでいた仕事が一気に片付き、中嶋にしては珍しく褒め言葉が出た。
「だぁぁー…疲れたぜ。もうしばらくは書類の類は見たくねぇ」
「明日もきりきり働けよ? お前の出来次第では…しばらくの間は俺がフォローしてやろう」
「……元凶はお前だから素直に感謝していいのかわかんねぇが……俺も命がかかってるからな。頼むぞ、ヒデ」
寮に入り、すれ違う後輩達に手をあげて応えながら二人は自分達の部屋がある階へと辿り付いた。
「風呂入って飯食ったら今夜はもうさっさと寝よう…」
「明日は何があるんだろうな、丹羽」
「……んなモン、想像したくもねぇ」
嘆息しながら丹羽はいつも通りにドアに手をかけた。
――キィィィ…。
「…ん?」
かすかに開けたドアの逆光を受け、暗闇の中で一瞬ギラリと無数の何かが煌めく。
「?」
丹羽の野生の勘が働いた。
(……なんだ?)
立ち止まったまま、その場で部屋の奥へと目を凝らすが見えない。
(誰か、いるのか?)
誘われるように足を踏み入れる、と。
にゃあん。
「…………」
今、聞いてはいけない声を聞いたような気がする。
(げ、幻聴…だよな?)
しかし。
にゃあーん。
再び、聞こえる愛らしいその鳴き声。
「ま、まさか!?」
無数の小さな光が一斉にこちらを見た。
「!」
間違いない。
これは――!
フラッシュバックする記憶。
まだ幼かった自分に父親がどこからか預かってきたペットを押し付けた。
猫科とは思えない獰猛な猛獣との毎日。
生命の危機を感じたのは1~2回ではない。
苦手克服だと部屋に100匹の猫を入れたクソ親父。
その豪快なムカツク笑い声が今も頭にこびりついて離れない。
あのクソ親父いつかぶっ倒してやrrr……くぇrちゅいおp@「す!!!
(※丹羽の正気がログアウトしました)
「わぁぁぁぁぁ!!!」
「丹羽!?」
いきなり部屋から飛び出した丹羽に、自室に入りかけた中嶋が足を止める。
バタンっ!!!
丹羽は慌ててドアを閉めた。
そのままドアを背に、ずるずると床に座り込む。
「…………マジかよオイ」
「なんだ、どうした丹羽?」
しかし丹羽は中嶋の声が聞こえてないのかブツブツと呟き続ける。
「畜生…なんであの野郎がアイツと同じこと…」
「おい、丹羽」
「さては喋りやがったな、あんのクソ親父…っ!」
「丹羽」
「!」
やっと中嶋の声が聞こえたのか、丹羽がハッとして顔をあげた。
「ヒデ! 頼む、今夜部屋に泊めてくれ!」
「……なんだ、いきなり」
「……俺の部屋を見ればわかる」
「?」
「た、ただし…そっとだぞ! あいつらを部屋から出すなよ!」
煩げに顔をしかめつつ、中嶋がそっと丹羽の部屋の中を見た。
――キィィィィ。
「…………」
――パタン。
「……な、わかっただろ?」
「……あぁ」
「畜生、絶対あのクソ親父の入れ知恵だ…!」
「なかなか楽しませてくれるな、理事長も」
「楽しめるか、馬鹿野郎!!」
「しかしよく気を失わなかったな。中には相当な数がいるぞ…数十匹は確実だな」
「……言うな。多分、しっかり見てたらアウトだった」
電気をつけなかったのが幸いした。
本能に感謝するべきか。
「だぁっ! あぁもうマジやべぇ!」
廊下で頭を抱えたまま叫ぶ丹羽。
ふぅと嘆息しながら、中嶋がフレームを押し上げる。
「……啓太の所に行くか」
「……そうか、そうだな!」
和希に言いに行くよりは百倍マシだと丹羽も頷く。
何より啓太に言って執り成してもらうほうが、おそらく…いや確実に和希も聞くはずだ。
「よし、そうと決まれば…っと」
丹羽は勢いよく立ち上がり、啓太の部屋に向かった。
「啓太ー! おい、俺だ!」
何度かドアを叩き声をかけるが返事がない。
二人は顔を見合わせる。
「食堂……いや風呂か?」
「遠藤の部屋ってことも有りうるな」
「…………」
それが一番ありそうで嫌だと丹羽は苦い顔をした。
「どうしたんだ、二人とも」
突如かかった声に二人は振り向く。
そこには篠宮が立っていた。
「伊藤に用があったのか?」
「……あぁ、ちょっとな」
言葉を濁す丹羽に篠宮は首を傾げる。
「伊藤ならさっき出かけたぞ」
「なっ、どこに!?」
「……篠宮、それはもしかして遠藤とか?」
「ん、あぁそうだ。よくわかったな、中嶋」
「……」
「……やられたな、丹羽」
中嶋の言葉に、丹羽はチッと舌打ちする。
「何時頃だ、篠宮」
「四時過ぎだったか……しかし外泊届が出てるから今日はもう戻らないと思うが…」
「な、ん…だと…?」
篠宮から語られる内容に丹羽は目を見開く。
「何かのコンサートのチケットを親戚から譲ってもらったそうだ。場所が少し遠いから泊りがけで行くと言っていた」
「コンサート…」
「あの二人は昨日も帰りが遅かったから注意しようと思ったんだが…何でも遠藤の話だと、昨日はその親戚の方と偶然に会って食事をしていたから遅くなったらしい」
「…………」
「…………」
ものすごく胡散臭い。
いやはっきり嘘だと二人にはわかった。
しかし当然、篠宮は気づいていないようだ。
「そ、そうか…わかった」
「じゃあ俺はもう行くぞ。どうしても連絡をとりたかったら伊藤の携帯にかけてみたらどうだ?」
「……あぁ、そうだな」
篠宮が階段を下りていくのを見送り、丹羽は深々とため息をついた。
「連絡…つくわきゃねぇーよな」
「あぁ」
側に和希がいるのに、外界と連絡をとらせるはずがない。
「昨夜は昨夜で楽しんで今夜もまた、とは…理事長もなかなかだな」
「…………あの野郎」
やはりいつかあの青いくまを引き裂いてやると丹羽は心に誓った。
「だぁぁぁぁっ! 畜生、どうすりゃいいんだ!」
打つ手もなくその場にしゃがみ込んだ。
その時。
「わっ、待ってよ! トノサマ!!」
「!?」
不吉な名前にギョッとし、気づいたときにはもう遅かった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
颯爽と現れたのは、丹羽の天敵。
にやり。
最後に目に映ったのは、あの猫とは思えないふてぶてしく豊かな表情。
(……畜生、なんだってこのタイミングで…)
薄れゆく意識の中、
「遠藤君がね、昼間トノサマにからあげ三個もくれたんだ。それで丹羽君と遊んでほしいって…」
説明する海野の声が響いていた。
(やっぱり……買収されてやがったんだな)
からあげ三個なんて安すぎる。
はたしてそう思ったかどうかは意識を手放した丹羽のみぞ知る。
「…………災難だったな、丹羽」
介抱する海野の後ろで、中嶋が再びフレームを押し上げる仕草をし呟いた。
口元をわずかに緩ませて。
外泊した啓太が学園に戻ってきたのは翌々日のこと。
ただの食事かと思いきや、いつの間にかホテルで甘い時間を過ごしていて帰りそびれた。
その間も和希が何かを隠しているような気はしたのだが、結局は一緒に過ごせる嬉しさに負けてしまい確認できなかった。
学園に戻ってきていつも通りに授業に出て、和希が仕事でいない昼休みにこっそり学生会室へ様子を見に行こうと席を立つ。
和希から一週間は学生会室に行くことを禁じられてはいたが、仕事がたまっているような気がして仕方なかったのだ。
だが教室を出て廊下を歩いていると途中で必ず七条が現れ言葉巧みに会計室に連れて行かれる。
終始ご機嫌な西園寺と七条に挟まれ啓太は和やかにお茶を飲んで過ごした。
そのまま行けずじまいで一週間が経過。
「…………」
一週間ぶりの学生会室。
啓太はびっくりして声も出なかった。
仕事が――捗っていたのである。
気になるのは丹羽がやややつれているところだ。
だがいつもはあんなに書類だらけで雑然としているはずの机が片付いているから仕事は順調なのだろう。
それは機嫌のいい中嶋を見ても明白だった。
「調子はどうですか、お二人とも?」
隣に立つ和希がにこやかに尋ねた。
中嶋が楽しげに笑う。
「あぁ、悪くないな」
それを聞いた丹羽が机に突っ伏しながら叫ぶ。
「これが悪くないわけないだろーがっ!」
学生会としては仕事が捗っているのだから問題はないが、丹羽の様子がおかしい。
(……一体何が?)
そこへ。
――コンコン。
「あれ…西園寺さん?」
現れたのは書類を手にした西園寺だった。
「お前達……来ていたのか」
「こんにちは、でも珍しいですね…西園寺さんがここへ来るなんて」
「そうか? 最近はいつも来ているぞ」
「えっ!?」
「ここへ来るのはなかなか楽しいからな…面白いものが見られて」
口端が上がる。
とても楽しげだ。
「……?」
ますますわからずに啓太は首を傾げた。
「丹羽、予算案だ。明後日までには目を通しておいてほしい」
優雅に歩き丹羽の前に西園寺が立つ。
手に持っていた書類を丹羽の目の前に突き出した。
「ひぃぃっ!」
次の瞬間、丹羽が椅子を真後ろに倒しながら仰け反る。
「王様!?」
「気にするな、いつものことだ」
中嶋は事も無げに言う。
壁に張り付く丹羽に、啓太は何が丹羽をここまでと床に落ちた書類を拾った。
すぐに納得する。
「これは……」
書類は確かに普通の予算案だ。
用紙が――猫の写真入じゃなければ。
「西園寺さん…これは…何ですか? 何で猫…?」
「学生会が返品した備品の一部を私が会計部用にもらって使っているんだ。なかなか可愛いだろう、啓太?」
「可愛いですけど…でも、これじゃあ王様が…」
可哀想と言う前に、丹羽に両手をがしりと掴まれた。
「啓太ぁっ!」
「わ、どうしたんですか! 王様っ!」
必死に訴える丹羽の勢いに啓太は何事かと驚く。
「助けてくれっ! 頼む!」
縋りつくという表現がもっとも適しているだろう。
「えっ? ちょっ…一体何があったんですか? 王様 !?」
「啓太ぁっ!!!」
数分後。
「か~ず~き~」
丹羽から事情を聞いた啓太が背後にいた和希を振り返る。
「…………」
和希は目を逸らし頬を掻いていた。
「どーも最近何か隠してるような気がしてたんだけど…」
周囲に猫に関するものが増えたなとか、トノサマが意気揚揚と学園内を走り回っているよなとか。
和希や会計の二人に意図的に遠ざけられつつも啓太自身感じてはいたのだ。
「あははー…」
「あははー…じゃないっ!」
それから啓太による説教が始まる。
説教中、和希は素直に聞いていた。あくまでも表面上は。
啓太は時に自分をなだめるために(むしろセクハラしようと)伸ばされた腕をはたき、怒ってるんだぞとぎゅーっと頬をつねる。
「痛っ、いたたたっ。啓太、痛いって」
「和希が真面目に聞かないからだろ!」
延々とお説教は続く。
「…………」
「…………」
「…………」
だがその場にいたものは全員、和希の頬が緩みっぱなしなのに気づいていた。
怒られても幸せ~vという表情だ。
これではまったく――効果がない。
「王様の部屋も学園内もちゃんと元に戻すんだぞ?」
「啓太がそこまで言うなら仕方ない。まぁそれはいいけど…なぁ」
「……なんだよ?」
意味深に丹羽や学生会室を見回す和希に啓太が尋ねると、ニヤリと笑われた。
「止めないほうが学園のためになってるような気もするんだけど?」
和希の言葉に中嶋と西園寺が楽しげに相槌を打つ。
「あぁ」
「確かにな」
あれから一週間。
部屋の中の猫はすぐに片付けられたが、壁に猫のポスターが貼ってあったり机の上や引き出しの中にも猫の絵入りの何かが入っていたりとトラップは尽きず気は抜けなかった。
仕方なく中嶋の部屋に泊めてもらっていたが、終始一緒にいるとためていた仕事をさせられる。文句を言うと「ここは誰の部屋だ、哲ちゃん? 嫌なら俺自ら部屋に叩き込んでやろうか?」と脅され、逃げ出した丹羽が行き着いたのは学生会室だった。寝泊りできる場所を確保したはいいがやる事がない。
しかも時々は中嶋が様子を見にやってくる。着替えを持ってきてもらったり、トノサマの魔の手からもフォローしてもらっているので最終的には逆らえない。
結局、退屈した丹羽は自分がためていた仕事に手を出した。
学生会の仕事が捗った理由はそれだ。
「そっ、それはそうかもしれないけど…!」
実は丹羽以外大して困っていない。
むしろ喜んでいるように思える。
「啓太、私はこのままでもいいと思うぞ?」
「俺も西園寺と同意見だ」
「!」
丹羽がギョッとして顔をあげた。
「さっ、西園寺さん、中嶋さん !?」
「ほら? 啓太もこのままのほうが扱き使われないで済むんだよ?」
隣に立つ和希も啓太の肩を優しく抱き囁く。
「で、でも…」
間近で丹羽の必死な視線を感じた。
血走っている…ような気がする。
居たたまれなくなって、啓太は和希のジャケットをがしっと掴んだ。
「和希っ!」
啓太に訴えられて、和希が「仕方ないなぁ」と嘆息する。
「啓太がそこまで言うんじゃ…ね。王様へのお仕置きはこの辺で止めてあげるよ」
それを聞き、ホッと安堵する丹羽と啓太。
気の抜けた丹羽は机にへろへろと突っ伏した。
「ただし――」
心配して丹羽のところへ行こうとする啓太を和希がぐいっと引き寄せる。
「?」
大きくはないが全員に聞こえる声で、にこやかに、爽やかに。
「啓太が今夜頑張ってくれたらなv」
「な…っ!?」
その意味を理解して、瞬時に啓太の頬が真っ赤に染まった。
「何でそんな話になるんだよ!?」
「だからー…元々啓太に隙が多いからこんなことになったんだろ?」
「俺別に…っ!」
「”王様のため”にも頑張ってくれるんだよな?」
「……っ!?」
和希の腕の中で、真っ赤になりながら和希と丹羽の顔を交互に見比べる。
困り果て、揺れる瞳。
「な、啓太?」
「~~っ!」
「遠藤テメっ!」
ガタンっ!
その会話を聞いていた丹羽が我慢の限界と顔を真っ赤にして立ち上がる。
椅子が派手に倒れた。
丹羽が向かって来ようとした、まさにそのとき。
『ニャーンニャーンニャーンニャーン…』
「……っ!?」
丹羽がその場に硬直する。
「これは……」
和希の腕の中にいた啓太も聞き覚えのあるそれに、思わずスピーカーを見つめた。
「和希、これっ」
「以前一日中使っていたんだけど…啓太には聞かせてあげられなかったから一応、ね」
笑顔の和希に啓太は呆れてしまう。
「お前な…」
「あ、言っておくけどこれは俺じゃないからな?」
「じゃあ誰が…ってまさか?」
思いつくのは銀髪のお茶目な悪魔、もとい会計部長の西園寺を補佐する有能な…。
「七条さん?」
「そう」
にこにこと楽しげに笑い続ける和希に、啓太ははたと気づいて抗議する。
「って、黙認してるんだからお前も同罪だろ!」
「えー?」
「えー? じゃなくて! って、わわっ! いきなり引っ張るなよ、和希!」
説教を再び始めようとした啓太の腕を掴んで和希がドアに向かう。
「だって時間が勿体無いだろ?」
「勿体無い? まだ放課後になったばかり…って、和希?」
「今日はこれから啓太にうーんと頑張ってもらわないとな~v」
「和希!? これからって…えぇっ!?」
「じゃあ皆さん、俺達これで失礼しまーす♪」
「わぁぁぁっ!」
――パタン。
「……騒々しいな」
「……まったくだ」
硬直し続ける丹羽と嵐の去ったドアを中嶋と西園寺は見つめた。
明日は啓太の姿を見ることはないだろうという確かな予感を胸に。
『ニャーンニャーンニャーンニャーン♪』
翌日。
皆の予想を裏切ることなく啓太は欠席し、一週間続いた猫の悪夢からようやく丹羽は解放されたのだった。