「和希~」
「ん、どうした?」
風呂上がりの啓太が和希の貸したパジャマを着て現れた。
「なんかコレ大きいんだけど…お前サイズ何?」
「何ってL」
「え? 嘘!」
「嘘じゃないって…啓太Mだもんな。やっぱりちょっと大きかったか?」
「8センチしか違わないクセに…なんでL」
「…啓太が細いんだろ? もっと食べなきゃ育たないぞ?」
「食べてるよっ」
「そうか? ここだってホラ…」
「えっ、わーっ! 馬鹿っ! どこ触ってんだ!」
腰を抱かれて首筋に口づけられた。
「…っ」
痛いくらいに吸われた。
ざらりと舐める舌の感触に啓太はぞくりと背中をのけ反らせる。
思わずぎゅっと和希の服の袖を掴んだ。
「ん…っ」
「そんな甘い声出されたら期待に応えたくなるな」
パジャマのボタンに手をかけようとする和希に啓太は慌てる。
「わっ、今着たばっかなのに何脱がそうとしてんだよっ」
「パジャマなら、俺がまた着せてやるよ?」
「ダメったらっダメ! 和希風呂入るんだろ!? 俺だって英語の課題しないといけないんだから!」
やがて和希が肩を竦め、折れた。
「…わかったよ」
少し開いた啓太の襟元を直す。
「和希…」
「早く課題片付けてゆっくりしような?」
「…うん」
お互い膚に触れるのは久しぶりだから、どうしようもなく恋しくて、欲しくてたまらないのだ。
啓太だって今は必死に拒んで見せたけど、本心からではない。
高まる熱を抑えながら、バスルームへ向かう和希に背中から抱き着いた。
「けっ、啓太っ?」
ぎゅっとしがみついた啓太に和希は驚く。
それから優しく微笑み、啓太の手に自らの手を重ねた。
「……き」
背中で呟く小さな声。
聞き逃しはしない。
「…俺もだよ」
そう応えて、啓太の手にそっとキスをした。
――コンコン。
控めなノック音を聞いて啓太がドアに向かう。
「はい?」
「…僕ですよ、伊藤君」
「あ、七条さん、今開けますね」
聞き慣れた穏やかな声。ドアを開けると私服姿の七条が立っていた。
「こんばんは、伊藤君。…遠藤君はいますか?」
七条は啓太が出て来たことにほんのわずかに目を見開く。
ここは遠藤和希の部屋だからだ。
「はい、いますよ。でも、今シャワー浴びてて…もしかして急ぎの用ですか? 俺、呼んで来た方がいいですか?」
「いえいえ。郁から書類を預かってきまして…これを遠藤君に渡していただければいいですよ」
「あ、はい。わかりました」
差し出された数枚の書類を慎重に受けとる啓太。そんな啓太を七条は優しく見つめていた。大事そうに書類を抱え「出て来たらすぐに渡しますねっ」と笑顔で言う啓太を見ると自然と和む。
啓太の持つ素直で優しい人柄に惹かれる者は多い。七条もその一人だ。
「ところで伊藤君…そのパジャマはもしかして遠藤君のですか?」
グレーのパジャマを着ている啓太を見たことはなかった。大抵は水色と白のチェック等明るい色彩のものを身につけているからだ。しかもサイズがあってない。華奢な啓太には少し大きいようだ。
「あー…わかります?」
照れ臭そうに頭をかきながら啓太が続ける。
「俺、勘違いして全部洗濯しちゃってたんですよね。だから今日着る分なくて…それ話したら、和希が貸してくれるって言うから…」
「そうだったんですか」
「でもコレちょっと大きいみたいです…身長大して変わらないのに何でだろ? …やっぱり変ですか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。着る人が変わっただけなのに同じものとは思えませんねぇ。とても可愛いですよ」
「え?」
この場に和希がいたら間違いなく不機嫌になるだろう一言。
啓太は首を傾げる。
「あ、そうだ! 七条さん、ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
啓太が何かを思いだし慌ただしく中に戻る。今度は書類ではなく英語の問題集を手にしていた。
「このページの問三…答え合ってますよねっ?」
「問三、ですか? あぁ、はい。これでいいですよ」
「よかった~!」
「…勉強中だったんですか?」
無邪気に喜んだ後、先ほど見せた照れたような表情で啓太は笑った。
「俺、明日当たりそうなんです…英語苦手なんで教えてもらってたんですけど…」
「家庭教師が余計な事まで教えようとするんじゃないですか?」
「余計な事…?」
「えぇ」
にっこりと微笑む七条に啓太はハッとする。
「…っ!」
さすがに今度は七条が何を言いたいのか啓太にもわかったらしい。指摘された瞬間、顔が真っ赤に染まった。
「七条さんっ!?」
「…冗談、のつもりでしたが…そういうわけにはいかないみたいですね」
「……ぅ」
真っ赤になって俯く啓太に七条は内心苦笑する。
(おやおや…これは)
少し大きめのパジャマからのぞく首筋にかすかだが赤い痕が見えた。
「……」
悪い大人がいるようだ。
「あぁ伊藤君?」
「はっ、はい!」
「一つ伝言を頼んでもいいですか?」
「伝言…ですか?」
「えぇ」
きょとんと見返す啓太に七条は笑顔で言った。
「”新作”が出来たようですね。早速今夜にでも挑戦しますから、と」
「?」
「止めてください」
啓太が首を傾げて意味を尋ねるより早く、その背後から新たな人物が慌ただしく参入した。
不機嫌そうな顔、洗いざらしの髪、上半身裸で肩にタオルをかけている。
遠藤、本名鈴菱和希――正真正銘、この学園の理事長だ。
「え、和希? わっ、身体濡れてるって! 風邪ひくからちゃんと拭かなきゃダメだろ?」
「…いや…それどころじゃないし」
「?」
濡れた髪に手を伸ばそうとする啓太より先に、和希が啓太の頭を撫でる。
「そんなに慌てて出てこなくてもよかったのに。湯冷めしますよ?」
にこやかに言う七条に和希は深々と嘆息した。
「…もう知ってるんですね。プログラム書き換えたこと…」
「えぇ」
二人の会話を聞いていた啓太はハッとした。
「えっ、じゃあ七条さんの言ってた”新作”って…もしかして?」
「…ここのセキュリティのプログラムのこと」
「今回もなかなか破りがいのある出来のようで、とても楽しみです」
「……」
「……七条さん」
笑顔の七条に悪魔の羽根と尻尾が一瞬見えたような気がした。
「だから…せめて今夜は止めてくださいって」
「おや? 自信がないんですか、遠藤君は?」
「…そうなのか、和希?」
「自信はあるし…七条さんのやる気にもよるだろうけどさ…今夜仕掛けられると困るだろ?」
「?」
首を傾げる啓太の耳元で囁くように和希が言う。
「啓太と一緒にいられなくなる」
「……っ」
耳に息を吹き掛けられ、甘く囁かれて啓太は真っ赤になった。
「和…っ」
「堪え性のない人ですねぇ、貴方も」
呆れたように言う七条に和希も平然と返す。
「ゆっくりできるのは久しぶりなんですよ、ほっといてください」
「仕方ないですね…じゃあ伊藤君に聞きましょうか?」
「えっ、俺…っ?」
「はい。今夜は遠藤君と過ごしたいですか?」
「…っ、七条さん!?」
質問の意図はわかる。わかるからこそ啓太はどうしていいのか困った。顔を真っ赤にして、無意識に和希の腕を掴んで言葉に詰まる。
確かに和希の言うように夜を過ごすのは久しぶりなのだ。啓太だって一緒にいたい気持ちは強い。きちんと言うべきだろうか。
「~~っ」
フフッ、と笑う声が聞こえて啓太は顔を上げた。
「すみません、伊藤君を困らせるつもりはなかったのですが…」
「七条…さん?」
「…(よく言う)」
「何か言いましたか、遠藤君?」
「…いえ」
思考を読まないでほしい。いや、表情に出過ぎたか。
下手につつくと大変な事になりそうなので、和希は目線を逸らして頬を指でかいた。
「伊藤君に免じて襲撃は明日に延期しますね」
「…どうも」
「伊藤君」
「は、はいっ」
「明日は会計室に来ませんか? 新しいお茶と美味しいお菓子が手に入ったんですよ。郁も淋しがってますし…どうでしょう?」
「明日…ですか?」
「はい」
明日の予定を啓太は思い出す。
特に何もなかった。
「わかりました。明日は生徒会の手伝いも頼まれてなかったし…大丈夫です」
「そうですか、それはよかった。郁も喜びます」
約一名を置き去りに和やかな会話が繰り広げられている。
「…というわけですからね、遠藤君?」
突然、話を振られた和希は七条が何を言いたいのかわかり嘆息した。
「…わかりました。手加減しますよ」
「お願いしますね、貴方ももういい大人なんですから…」
「え? 手加減…って、二人とも何話して…?」
「伊藤君、明日楽しみにしてますからね」
わけがわからずに二人を見つめる啓太に七条はにっこりと笑った。
「え、はい」
「それじゃあ、おやすみなさい二人とも」
「おやすみなさい、七条さん」
律義に返す啓太と目礼で返す和希。
笑顔で去っていく七条を二人は見送り、静かにドアを閉めた。
閉めた瞬間、ハァと吐かれる溜息と呟き。
「…危なかった」
啓太にもたれ掛かりながら和希が心底安堵したように言う。
「和希…大丈夫か?」
「…あぁ。まったくあの人は…油断も隙もない」
「明日大変だな…」
七条にハッキングの予告をされている。
明日は確実に仕事だ。
「あぁ…まぁそれはいいよ。今夜されなかっただけでもマシだし。今回のはそんなすぐには破られないと思うから」
「…とか言って、前に王様が女王様殴った時にはあっさり破られたんだろ?」
「だから七条さんのやる気次第なんだって…」
クシュン、と。
そこで一つ和希がくしゃみをした。
「ほら! ちゃんと拭かないから身体が冷えたんだよ! 俺、上着取って…って和希っ!?」
離れようとした啓太を強く抱き締める。
「じゃあ…温めてよ」
どくんと心臓がうるさいくらいに鳴り響く。
「…え?」
「啓太が温めて」
「和…希?」
背中から伝わる和希の体温、鼓動。
「ちょっ…待って…」
啓太のうなじにかかる熱い息。耳の後ろをぺろりと舐められる。
「あ…っ」
和希の手が、啓太の上着の中に潜り込んできた。
「や…っ、ダメっ」
胸元をはい上がろうとする手を必死に押し戻そうと抵抗する。
「…どうして?」
甘い、囁くような声が鼓膜を振るわせた。
「……っ」
ずるいと思う。
あんな声で懇願されたら何も考えられなくなる。
「だって…課題…っ」
「そんなの…後で教えてやるからさ…」
耳の後ろを唇でなぞり、長い指が胸を愛撫する。
執拗に。
「ぁ…んっ、やぁ…っ」
弱い部分ばかりを的確に攻め立て、煽っていく。
啓太の身体から徐々に力が抜け、和希は片手でその身体を支えた。
「啓太…感じてる?」
「…っ、聞く…な、よ! ばかっ」
顔を真っ赤に染め、目元を潤ませた啓太が睨む。
「それで…この続きしていいか? 俺やっぱり我慢できないみたいだ」
「…後で…」
「ん?」
「…後で、ちゃんと…英語教えてくれるか?」
「ん、OK」
「…ならいいっ」
和希の腕が解かれ、啓太は身体の向きを変えた。お互い正面に向き合い固く抱き合う。
「好きだよ、啓太」
和希が啓太の額に、頬にキスをする。
くすぐったそうに笑いながら、啓太も応えた。
「ん、俺も…」
それから、どちらともなく目を閉じ唇を重ねる。浅く深く何度も甘いキスを繰り返したのだった。
約束された明日まで。
久しぶりに訪れた長い夜を…二人がどう過ごしたかは満ち足りた月だけが知っている。
翌日、伊藤啓太が欠席し、学園(のセキュリティ)に悪魔が降臨したことは言うまでもない。
白いシーツが波打つように乱れる。
ギシギシと軋むベッド。
「ん、や…っ」
胸を舐められ、啓太は思わず声を上げた。
「ぁ…っ、あぁっ!」
胸だけじゃない。
指が、掌が、啓太の身体を愛撫している。
何度も執拗に。
散々焦らすように愛撫して、啓太を限界まで煽り立てる。
「は…ぁっ」
もう何度貫かれただろう?
一つに溶け合い、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。
自分を抱く、この人のこと以外何も。
「かず…き?」
ぼやける視界の中で、胸元から腹へ、少しずつ和希の頭の位置が下がっていく。
和希の手が啓太の腿に触れた。
「!」
そこでやっと啓太は和希の意図に気付く。
「和希…っ! これ以上は…ダメだってば!」
「啓太のここはダメじゃないみたいだけど?」
「…っ! 誰のせいだよ! さっきから、もうダメって…出来ないって…何度も言ってるのに!」
「だって啓太があんまりにも可愛いから…つい」
「…か、可愛いってなんだよ…」
「可愛いよ。ところで啓太…これ途中で止めると辛いだろ?」
「……ぅ」
すっかり勃ち上がった啓太のものに和希が包むように触れた。
「あぁっ!」
腰が揺れる。
「ん、やっぱり辛いよな?」
呟いてすぐに唇を寄せた。
「やっ、だめっ!」
だが啓太の制止もむなしく口に含まれてしまう。柔らかな舌の感覚に、啓太は背をのけ反らせガクガク震えながら喜悦の涙を零した。
「ひ…っ、やぁっ」
限界が近い。
「も、だめ…出ちゃうっ」
「出しても…いいよ? 俺は何度でも…」
喋るたびに舌が動く。
吐息がかかる。
「で、もっ」
もう何度もこうして抱かれているのに、啓太はよく同じことを言う。
「そういう所が可愛いって言うんだよ」
「!」
啓太を促すように和希が吸い上げた。
「あっ、あぁっ!」
激しく喘ぎ、吐精する。
ぴちゃ、と響く水音をどこか遠くで聞いた。
ハァハァと荒い呼吸を繰り返し、少しずつ息を整える。
「…ごめん…汚しちゃって…」
「いいよ、啓太のだから…それより啓太」
「…ん?」
濡れた口元を指で拭う和希の瞳に宿る欲望に、啓太はドキリとした。
求められている。
「…いいか?」
「ぅ…うん」
本当ならここで頷かなくてもいいのだが、自分ばかりしてもらうわけにもいかない。
「足、もっと開いて」
和希が言いながら身体で股を割り開く。
「……っ」
何度抱かれても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「啓太…いい?」
緊張する啓太を宥めるように甘い声が囁く。
「…うん」
頷いてすぐに、息が詰まった。
熱く硬い和希が押し込まれてくる。
「うっ、あっ…ん!」
もうかなり解されているから、最初の時より痛みはない。
「啓太…っ」
名前を呼ばれ、弱い所を擦られて涙がまた滲む。
「あぁ…んっ!」
快感に耐え切れず嬌声を上げる啓太が愛しくて、和希はいっそう強く抱き締めた。
ぽろぽろと涙を零しながら、啓太が背中に爪を立てる。
「かず、きっ! 和希ぃっ」
「啓太…」
「好きぃ…俺、和希のこと…好き」
何度も譫言のように繰り返す啓太。和希はその目元に口づけて涙を拭う。
「愛してる…啓太」
「ん、俺も…っ」
啓太の中で和希が狂ったように暴れ、犯した。
一度吐精した啓太自身も再びぬめりを帯び、和希の腹で激しく擦られる。
「あっ、あぁ…んっ!」
声も何も抑えられない。抑えようとももう思わない。
解放できるのは、今溶け合っている愛しい人だけだから。
「和希…俺っ、もう…」
「啓太…俺も…っ」
揺れる視界、自分を見つめる優しいその瞳に啓太の全ては弾けた。
「あぁぁっ!」
続けて和希が中で迸る。
「……っ」
低く唸るように自身を解き放ち、啓太の身体にのしかかった。
汗ばんだ互いの膚が重なる。それさえも心地いい。
背中に腕を回す啓太。
少しだけ身体を起こして、和希が啓太の頬にキスをする。
「ゴメン…背中…爪、立てちゃった。…痛かったよな」
心配そうに見つめる啓太。
和希は申し訳なさそうに謝る啓太を安心させるように笑った。
「平気だよ。気にしなくていいって」
「ん…」
何度もキスを繰り返す和希。
啓太はくすぐったそうに身体を捩る。
「もう…ダメだからな」
「…なんで?」
「なんでって…これ以上したら…俺、明日起きられなくなっちゃうよ」
困ったように頬を染める啓太。構わずに額や鼻の頭や目元に啄むようなキスを繰り返す。
「明日学校行かなきゃ…会計室にも誘われてるしさ…俺、行かないと和希だって明日大変な事になるんだろ?」
和希は会計室という単語にぴくりと反応した。
「…構わない」
憮然と、短く呟く和希に啓太はぎょっとする。
「和希っ?」
「そんなこと啓太は気にしなくていいよ」
「気にするに決まってるだろ? 和希の仕事が増えたら大変だし…」
それに、と啓太は俯き小声で続けた。
「忙しくなったら…和希に会えなくなる」
腕の中で真っ赤になり、消え入りそうなくらいの声でそう言った啓太に、和希は破顔する。
そのまま頬にキスをして、唇を耳元まで滑らした。
「…っ、ダメだって!」
「啓太にそんな嬉しいこと言われてその気にならないほうが嘘だろ?」
「…でもっ! これ以上はホントに無理っ!」
ジタバタと腕の中で暴れて見せるが、びくともしなかった。
それどころか…。
「……っ!」
「あ、気付いたか? 啓太があんまり可愛い言動するから…俺またやる気になっちゃったよ」
「俺のせいじゃないっ」
和希の言葉を必死で否定するが、現に和希自身は確かに育っていて、啓太がもがくたびに当たっていたし、啓太がそのことに気付いてからは和希が故意に押し当ててくる。
「大丈夫、すぐに啓太もその気にさせてやるよ」
「ば…っ! んんっ!」
馬鹿と叫ぼうとした啓太の唇を無理矢理塞ぐ。
「ん…っ!」
薄く開いた口からするりと舌を潜り込ませ、絡み取る。
「は…っ、あっ」
ただでさえ今夜は何度も抱かれて身体に力が入らないのだ。和希の身体を何とか押し戻そうとしたが、無駄だった。
「んん…っ」
溺れていく。
何も、考えられない。
甘い、甘い毒。
「……っ、あっ」
器用な指先が、舌が、快楽にはまだ幼い身体を翻弄していく。
「啓太…」
熱い吐息が耳元に吹き掛けられ、びくりと身体が震えた。
「ん…っ」
「啓太、今すごく色っぽい顔してる。自覚あるか?」
にやりと意地の悪い笑みを和希が浮かべた。
「…色っぽいって何だよっ」
「目が濡れてる。そんな顔で誘惑されたら俺の理性なんか吹っ飛んじゃうよな」
そう楽しげに言うと、和希は啓太の首筋や鎖骨に口づけた。
「ん…っ」
「声だって甘いし」
「…っ! ゆっ、誘惑してんのは和希の方だろっ?」
大体こんなに感じやすくなったのだって和希のせいなのだ。恨めしそうに睨んだが、軽く笑われただけで効果はなかった。
尚も続けられる愛撫に啓太はハッと我に返る。
「だから…そうじゃなくてっ、これ以上は…ダメなんだってば!」
「そんな顔でダメって言われてもなー…」
「誰のせいだ! って、まぜ返すなよっ。明日、学校…っ」
「啓太は気にしなくていいって言ってるだろう? 七条さんの言いなりになるのも悔しいし…明日頑張ってくるからさ。だから…今は俺のことだけ考えて?」
「……っ」
上目遣いで見つめられ、その瞳に自分への強い欲を感じてドキリとする。
捕らえられた獲物のように身動き一つ取れない。
そんな啓太に和希の口端が上がる。直後、その指が明確な意思を持って妖しく動き出した。
「和…っ!? は…っ、やぁ…んっ! あぁっ!」
いきなりの強い刺激に喘ぐ声を止められない。
「啓太…好きだよ」
「~~っ!」
自分よりも(いくつかは知らないが)ずっと年上のくせに大人げないとか、理事長が自分の学園の生徒にサボりを強要していいのかとか、言いたいことは沢山あったが、こんな風に甘く熱っぽく囁かれたら、もう何も言えなくなる。
(……ホントずるいよな)
それでも好きだから仕方ない。
一度だけ目を閉じ嘆息してから、啓太も和希の首に両手を回して応えた。
「……俺も…好き」
目の前の和希が優しく微笑み、啓太もつられて笑う。そしてどちらともなく目を閉じ、深く唇を重ねたのだった。
翌日、会計室にて。
「郁…残念ですが、伊藤君は今日学校に来られないみたいです。そんな予感はしたのですが…」
「…そうか」
「というわけで今から理事長と遊んできますね」
「ほどほどにな。やりすぎると啓太が悲しむ」
「えぇ勿論」
にっこりと顔の筋肉だけで笑う七条に西園寺は苦笑した。
「おそらく夜までには終わるでしょう。伊藤君の様子を見て連れてきますから、今夜は三人で夕食にしましょう」
「そうだな。その後で部屋に誘えば茶も飲める」
「意地悪ですね」
「臣、お前もだ」
二人は顔を見合わせて笑った。