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Voice for you ―今日もまた、君の名を呼ぶ―

 君がくれた恋唄のように。
 この声を君に捧げよう。
 「アイシテル」のフレーズの代わりに。
 何度でも紡ぐから。
 大切でかけがえのない。
 君の名、を。


「ん……っ、あ…あぁっ!」
 はねる肢体。
 日に焼けたしなやかな身体が踊るたび。
 ぎしり、と軋む。
 スプリングの音。
「……っ」
 縋るものを求め、指が宙を彷徨いシーツを掴んだ。
 ぎゅっ、と。
「やっ、だめ…っ! そんな…にっ」
 繰り返される激しい愛撫に心も身体も翻弄される。
 嬌声がひっきりなしに、濡れた唇から零れた。
「あ、あぁ…っ!」
 涙と汗が混ざり合う。
 癖のある髪が汗ばんだ肌にぴたりと張り付いた。
 額を隠すそれを、優しい指が退かして。
 また一つキスをする。
「……啓太」
 蕩けるような。
 甘い、声。
「ぁ……」
 快感に耐えるために閉じていた目を開くと、すぐ傍に彼がいて。
 大好きな眼差しで見つめている。
 慈しみの瞳の奥底に、欲という焔を宿して。
「愛してるよ……」
 これは啓太のためだけの、声。
 理性を溶かす魔法の、声。
 誰にも渡したくない、声。
 だから。
「ん……俺も」
 掴んでいたシーツから強ばる指を外して。
 その広い背中にしがみついた。


 『今夜は一切手加減しないから……覚悟しろよ?』
 艶のある大人の顔で。
 妖しい笑顔を浮かべて。
 和希が囁いたのは数時間前。
 その言葉通り。
 本当に、手加減などなく愛されている。
 執拗で。
 丁寧で。
 優しくて。
 イジワルな。
 和希、に。


「んん……っ、あっ、はぁ……んっ」
 熱い楔が、何度も何度もこの身を貫くたび。
 高い声を上げながらも、揺れる視界に和希を映した。
 強い意志を持つ瞳。
(あぁ……また、だ)
 餓えた雄の欲望とは別の、欲。
 求められている。
 ひたむきに。
 真っ直ぐに。
 強く、強く。
「啓太……啓太……」
 甘く、かすれた声が何度も呼ぶから。
「和希……」
 大好き、という想いをこめて微笑んだ。
 全てを受け止めるように。
 包み込むように。
「啓太……!」
 彼の腕に抱かれながら、啓太はぼんやりと思った。
 和希は、もしかしたら……昔の、アメリカにいた頃のことを思い出しているのかもしれない、と。
 そんな考えがちらりと頭を過ぎったのだ。
 だって。
 時折、とても切ない瞳をするから。
 俺はここにいるのに。
 ちゃんと。
 和希の隣にいて。
 こうして抱き合っているのに。


 どうしてそんなに不安そうな顔をするの?
 大丈夫、俺はここにいるよ。
 もう離れ離れになんてならないから。
 ずっと一緒にいると約束してくれただろう?
 俺は、もう小さな子供じゃない。
 たとえ、和希と離れても。
 和希を追いかけることが出来るんだから。
 でも――。
「和希っ、早く…っ」
 不安な気持ちも確かにあるから。
 それをかき消すように。
 また、名を呼んだ。
「来て…っ」
 決して離れないように、また一つになろう?


「啓太……」
 誰よりも、何よりも愛おしい存在をこの腕に抱く。
 決して離れないように。
 何度も高みへと昇りつめる。
 一緒、に。
「和希……」
 胸に、心に届く――声。
(あぁ……)
 ふわりと微笑んで。
 彼の人の甘い声が、名を呼ぶたび。
 己の存在を、認められている気がした。
 ここにいてもいいのだ、と。
 赦されている気がした。
(啓太……)
 彼と離れていた頃は、過ぎゆく時に身を任せることも多く。
 意志は持ちつつも、ただ流れるように生きていた。
 心はどこか空虚で、決して得られなかった充足感。
 それが今、確かにここにある。
 確認するために、彼を求める。
 激しく。
 何度も。
「啓太……啓太……」
「和希……」

 もっと、名を呼んで?
 もっと、欲しがって?

(情けないよな……)
 それでも。
 君がいないと、もう俺は――。
「和希っ、早く…っ」
 啓太が呼んでる。
 泣きながら。
 また一つ、背に爪痕を残して。
「来て…っ」
「……あぁ」
 もう、決して離さないから――。


 くす。
「やっぱり……寝ちゃったな、啓太」
 すうすう、と。
 腕の中で規則正しく寝入る彼を見て、和希は微笑んだ。
「俺の歳、聞くんじゃなかったのか?」
 なんて、わざとらしく耳元で囁いてみる。
「……」
 勿論、起きる気配はなし。
 微笑みながら、頬にキスをした。
(大人げなくて、ゴメンな)
 確信犯だと我ながら思う。
 激しくしたのは自分。
 何度も何度も。
 細い肢体を貫いた。
 泣きながら。
 求められるのが嬉しくて。
 名を呼ばれるたびに。
 夢中になって。
「そのうち、ちゃんと教えてやるから、さ……」
 頬から額に、唇を滑らせる。
 ちゅっ、と。
 瞼の上にも口づけを落とした。
(もう少しだけ……このままでいさせて?)
 温かな身体をそっと抱きしめる。
 大切な宝物のように。


 光。
「…………ん」
 カーテンの隙間から差し込む光が少しまばゆくて、目を細める。
 身を起こそうとしたが、叶わなかった。
 何か、が絡み付いてる。
「……?」
 何だろう、と。
 ぼんやり視線を彷徨わせた直後。
「!?」
 一気に目が覚めた。
「か……っ」
 慌てて自分の口を塞ぐ。
(危な……)
 すぐ傍で。
 和希が、自分を抱いている。
 絡んでいたのは彼の腕。
「……」
 もう少しで眠りを妨げるところだった。
 かすかに聞こえる寝息に安堵して、啓太は息を潜め彼を見つめた。
(よく、寝てる……)
 珍しい。
 それだけ、疲れていたのか。
 それとも、疲れさせたのか。
(……いつもより、激しかったもんな)
 浮かんだ考えに恥ずかしくなり。
 昨夜のことを思い出しては、また熱くなる。
「うぅ……」
 朝まで起きていられたら、年齢を教えてもらえるはずだったけれど。
 途中からそんなことはすっかり忘れてしまっていた。
(和希の、ばか……)
 抱き合っている最中。
 和希が、時折どこか淋しそうな顔をしたから。
 そんな顔をして欲しくなくて。
 自分だけを見て欲しくて。
 繰り返し、名を呼んだ。
(和希……)
 起こさないように。
 心の中でそっと呼びかける。
(大丈夫、俺はここにいるよ)
 傍にいるから。
 君が望むなら。
 何度でも名を呼ぶから。
(ずーっと、一緒にいような?)
 温かい和希の胸に頬を摺り寄せ、啓太は瞳を閉じた。


end.